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東京地方裁判所 昭和41年(ワ)10408号 判決 1968年2月01日

原告

菊地ミヨ子

ほか一名

被告

岩堀工業株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告菊地ミヨ子に対し金一七七万三三七二円、原告菊地隆に対し金一一七万七二六五円および右各金員に対する昭和四一年一一月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告菊地隆のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一双方の申立

一  原告ら

被告らは各自原告菊地ミヨ子(以下原告ミヨ子という。)に対し主文第一項と同旨の支払、原告菊地隆(以下原告隆という。)に対し金一三二万五一八五円およびこれに対する昭和四一年一一月一二日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決およびこれに対する仮執行の宣言を求める。

二  被告ら

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二双方の主張

一  原告らの請求原因

(一)(本件事故の発生)

被告斎藤重治(以下被告斎藤という。)は、昭和四一年七月九日午後一時二五分頃普通乗用車千五ぬ四四四四号(以下被告車という。)を運転して千葉県市原市辰巳台字西一丁目八番地先路上を同市辰巳台北方面から南進中、その道路右側端を訴外菊地雅之(以下雅之という。)を背負つて歩行中の原告ミヨ子に追突転倒させ、原告ミヨ子に頭部外傷左大腿打撲挫傷の傷害を与え、雅之に頭部強打の結果同日午後三時四〇分千葉労災病院において死亡するに至らしめた。

(二)(被告斎藤の地位)

被告斎藤は本件事故当時被告車を所有し、よつてこれを自己のため運行の用に供していたものである。

(三)(被告岩堀工業株式会社の地位)

被告岩堀工業株式会社(以下被告岩堀工業という。)は暖冷房、給排水、衛生設備、電気、土木工事等の請負を業とする会社であるが、被告斎藤は被告岩堀工業の社員に準ずる専属的下請業者であり被告岩堀工業の指揮監督の下に工事をなし、被告車は被告斎藤が右工事のため使用していたものである。しかも本件事故は、被告斎藤が右工事現場から被告岩堀工業の社員を同乗させ被告車を運転中に惹起したものである。なお、被告車の登録原簿上の使用の本拠地は、被告岩堀工業千葉支店の所在地である市原市辰巳台西一丁目一一番地となつている。従つて、被告岩堀工業もまた、被告車を自己のため運行の用に供していたものである。

(四)(損害)

(1) 原告らと雅之との身分関係

原告らは夫婦であり、雅之は原告らの長男である。

(2) 原告ミヨ子の損害

(イ)治療費 金二万〇二五二円

(ロ)交通費 金三一二〇円

(ハ)原告ミヨ子自身の受傷による慰籍料 金六〇万円

(ニ)雅之の母としての慰籍料 金一〇〇万円

(3) 原告隆の損害

(イ)雅之の葬儀費用 金一五万一一五九円

(ロ)休業による損失 金二万四〇二六円

原告隆は、本件事故のため勤務先である古河電気工業株式会社千葉電線製造所を延一四・五日休業の已むなきに至つたが、そのため一日金一六五七円の割合による一四・五日分の合計金二万四〇二六円の収入を失つた。

(ハ)雅之の父としての慰藉料 金一〇〇万円

(4) 雅之の失つた得べかりし利益

雅之は事故当時一年六ケ月の男子であるから厚生省発表の第一〇回生命表によれば同人の平均余命は六五・三七年であり、六〇才を稼働年令の最終年限とすれば雅之は二〇才から四〇年間は勤労が可能である。そして、昭和四〇年度統計年鑑によると昭和三九年の千葉県における勤労者の平均給与額は月間金三万三六〇〇円であり、平均消費支出は一世帯(世帯人員四・二八人)あたり金四万七八三四円で一人当りでは金一万一八七〇円の支出となるから、右平均給与から消費支出を控除した残額金二万二七三〇円が一ケ月間の純利益となる。したがつて、雅之は本件事故に遭つて死亡したことにより右純利益の四〇ケ年分に相当する金一〇八一万〇四〇〇円と同程度の利益を失つたというべく、ホフマン式の単式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して雅之の死亡時における現価を求めると金二七六万二一二六円である。

(5) 原告らの相続及び保険金の受領と充当

原告らは雅之の父母であるが、雅之の死亡に基きその得べかりし利益の喪失による右損害賠償請求権の二分の一にあたる金一三八万一〇六三円の損害賠償請求権を各相続により承継した。ところで、原告らは本件事故による損害に対し自動車損害賠償責任保険金として各自金七五万円を受領したので、右金員を原告らの各相続した損害賠償請求権の一部に充当する。

したがつて、原告らは各々金六三万一〇六三円を有するが、原告らはその内金として各々金一五万円の支払を求める。

(五)(結論)

よつて、被告らは、自動車損害賠償保障法第三条に基き各自、原告ミヨ子に対し前項(2)及び(5)の合計金一七七万三三七二円、原告隆に対し前項(3)及び(5)の合計金一三二万五一八五円の損害賠償金並びに右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四一年一一月一二日から各完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  請求原因(一)記載の事実は認める。

(二)  同(二)記載の事実は否認する。被告車は被告斎藤が千葉日野モーター株式会社から昭和四〇年五月二日に購入したが、その所有権は未だ右会社に留保されている。

(三)  同(三)記載の事実中、被告岩堀工業が暖冷房、給排水、衛生設備、電気、土木工事等の請負を業とする会社であり、被告斎藤が被告岩堀工業の下請をしていたこと、本件事故当時被告車に被告岩堀工業の従業員が同乗していたこと及び被告車の登録原簿上の使用の本拠地が原告ら主張のように被告岩堀工業千葉支店の所在地となつていることはこれを認めるが、原告ら主張のように被告斎藤が被告岩堀工業の社員と同視すべき専属的下請業者であることは否認する。

本件事故当時被告車に被告岩堀工業の社員が同乗していたのは、被告岩堀工業の仕事のためではなく、同社員は当日雨天で仕事が出来なかつたので被告斎藤の誘いで遊びに行くために乗つていたものであり、また、被告車の登録原簿上の使用の本拠地が被告岩堀工業千葉支店となつているのは、被告斎藤が被告車購入に際し住居を他に移転する予定があつたので、右千葉支店の支店長の承諾を得て便宜上記載したものに過ぎない。

(四)  同(四)の(1)乃至(4)記載の事実は不知、同(四)の(5)記載の事実中、原告らが自動車損害賠償責任保険金として各自金七五万円を受領したことは認めるが、その余の事実は不知。

(五)  同(五)記載の主張は争う。

三  被告斎藤の原告隆に対する抗弁

被告斎藤は、昭和四一年七月一〇日原告隆に雅之の葬儀費用に充当するため金一〇万円を支払つた。

四  原告隆の右抗弁に対する答弁

被告斎藤の右抗弁事実は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)記載の事実は当事者間に争いなく、〔証拠略〕によると、本件事故当時被告斎藤が被告車を千葉日野モーター株式会社から所有権留保約款付で購入し自己の事業にこれを使用していたことを認めることができる。

右事実によると、被告斎藤は被告車の運行供用者というべきであるから、本件事故によつて生じた原告らの後記損害を賠償すべき義務がある。

二  次に、被告岩堀工業が被告車の運行供用者としての賠償義務を負うか否かにつき考える。

(一)  〔証拠略〕によると次の事実を認めることができる。

(1)  被告岩堀工業は暖冷房、給排水、衛生設備、電気、土木工事等の請負を業とし(この点当事者間に争いがない。)、その請け負つた工事を更に下請業者に請け負わせて処理するいわゆる元請業者であること、被告斎藤はもと東京渋谷に住み被告岩堀工業の下請業者の職人として働いていたが、本件事故の五年位前から同工業千葉支店長土屋梅次との個人的なつながりから千葉県に来て下請業者となつたこと、下水・浄化槽工事、重量物運搬の特殊技術を売り物とするが、独立の業者らしい「斎藤組」などといつた看板を出しているわけではないこと。

(2)  被告岩堀工業千葉支店は被告斎藤との間に別にあらたまつた専属的下請契約を締結しているわけでなく、むしろ個々的に発注し下請する形式をとつてはいるが、同支店には常傭の下請業者が四社あり被告斎藤もその一つとして常時同支店で処理する工事のほぼ二割から三割の工事の下請をさせられていたこと、しかも、その外に被告斎藤は、右下請工事とほぼ同量の工事を同支店の斡旋により他業者から下請しており(しかも他業者は仕事を「岩堀の斎藤」に頼んだと意識していることが少なくないようである。)、また時には同支店内の片づけや材料の運搬等の雑務をも同支店の依頼により処理しており、毎月約金五〇万円の受注額中同支店と全く無関係の分は金四、五万円に過ぎぬこと。

(3)  被告岩堀工業千葉支店が被告斎藤に下請工事をさせる場合、工事に必要な材料は総て同支店が提供し、被告斎藤は自己が常時雇つている下水工事の職人の外に工事内容に応じて必要な数の臨時雇の人夫を集めてその労働力を提供し、当該工事の進捗については常時同支店所属社員の監督に服し、被告斎藤がこれに従わないときは下請を取り消される関係にあつたこと。

(4)  本件事故当時被告斎藤は被告岩堀工業の右支店から土木工事を請け負い同社社員の監督下に工事を進めており、被告車は右工事の人夫運搬や工事現場内の連絡及び物品の運搬に利用していたこと、被告車は当時被告斎藤の自宅において保管していたが、専ら下請工事に利用しているところから被告岩堀工業の右支店の社員も被告斎藤が被告車の登録原簿上の使用の位置の欄に右支店の所在地を記載したのを許容していたこと(右記載の存する点は当事者間に争いがない。)。

以上の認定事実に牴触する証人土屋梅次及び被告斎藤の各供述はいずれも措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  右事実によると、被告岩堀工業は、元請業者として下請業者である被告斎藤に対し常時専属的支配関係を有し、しかも、被告斎藤が被告車を自己の監督下にある工事に使用していることを知悉認容していたのであるから、特段の事情の存しない限り被告斎藤が被告車運転のうえ惹起した本件事故につき、被告車の運行供用者としての賠償責任を負うと解するのが相当であるところ、かかる特段の事情の認むべきものはない。

もつとも〔証拠略〕によると、本件事故は、被告斎藤が当日雨天のため被告岩堀工業の承諾を受けて休業することとし同支店の社員載間(としま)を同乗させ同支店の工事現場事務所から自宅に向け運転中に発生したというが、仮に右事実があるとしても、前記認定のとおり当時被告車は被告岩堀工業の監督下にある工事に使用され、その保管場所が被告斎藤の自宅であつたたのであるから、本件事故時における被告斎藤になる被告車の運行が被告岩堀工業の支配を離脱していたと解することはできず、したがつて前記判断を覆しうるものではない。

三  よつて、原告らの損害について審按するに

(一)  原告らと雅之との身分関係

〔証拠略〕によると、原告らは夫婦であり、雅之は原告らの長男であることを認めることができる。

(二)  原告ミヨ子の損害

(イ)  治療費〔証拠略〕によると、原告ミヨ子は本件事故により蒙つた傷害の治療費及び診断書料として千葉労災病院に対し金二万〇二五二円の支払をなしたことを認めることができる。

(ロ)  交通費〔証拠略〕によると、原告ミヨ子は、右受傷を治療するため千葉労災病院に通算一四日間通院したが、そのうち一三日は歩行困難のためタクシーの利用を要し、そのタクシー代一往復金二四〇円の割合による一三往復分合計金三一二〇円を支出したことを認めることができる。

(ハ)  原告ミヨ子自身の受傷による慰藉料〔証拠略〕によると、原告ミヨ子は、本件事故により蒙つた傷害のため、千葉労災病院に昭和四一年七月九日入院したが他に家庭内の面倒をみるものがないため心配のあまり主治医に頼み無理をして同日退院し、退院後約三ケ月は自宅で床に伏し、同四二年二月二七日までの間に右病院に通算一四回通院し治療を受けた結果その殆どは治癒したが、未だに脳波に多少の異常の存することを認めることができ、右事実と前記事実から認められる本件事故の態様、被告斎藤の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、同女の蒙つた精神的苦痛を慰藉する金額としては金六〇万円が相当である。

(ニ)  雅之の母としての慰藉料〔証拠略〕によると、原告ミヨ子は、本件事故により原告隆との間に生れた唯一人の男子である長男の雅之を失い甚大な精神的苦痛を蒙つたことを認めることができ、右事実と前記事実から認められる本件事故の態様、被告斎藤の過失の程度等諸般の事情を考慮すると、同女の蒙つた右精神的苦痛を慰藉する金額としては金一〇〇万円が相当である。

(三)  原告隆の損害

(イ)  雅之の葬儀費用 原告隆は、雅之の葬儀費用として金一五万一一五九円を支出した旨主張するが、〔証拠略〕によると、原告隆が雅之の葬儀費用として金一〇万三二三九円の支出をなしたことを認めることができるが、それ以上の支出をなしたと認めるに足りる証拠はない。したがつて、原告隆の右主張は右金額の限度で理由があるがその余は失当である。

なお、被告斎藤が原告隆に対し昭和四一年七月一〇日雅之の葬儀費用に充当するとして金一〇万円の支払をなしたことは被告斎藤と原告隆間に争いがないから、原告隆が被告斎藤に対し葬儀費用として請求しうるのは前記認定の葬儀費用から右金一〇万円を控除した残額金三二三九円となる。また被告岩堀工業に対しても、同被告は被告斎藤と不真正連帯の関係で原告隆に右費用の賠償義務を負うから同被告にも右弁済の効力がおよぶ。したがつて、原告隆が被告岩堀工業に対し葬儀費用として請求しうるのも被告斎藤に対すると同額の金三二三九円となる

(ロ)  休業による損失〔証拠略〕によると、原告隆は本件事故により死亡した長男雅之の葬儀や法事などのため勤務先である訴外古河電気工業株式会社千葉電線製造所を昭和四二年七月九日から八月一二日まで(但し、日曜日を除く。)の間に休業一六日、早退三日をとつたこと、それがため一日金一六五七円の割合による一四・五日分の合計二万四〇二六円の減収となつたことを認めることができる。

(ハ)  雅之の父としての慰藉料〔証拠略〕によると、原告隆は、本件事故により原告ミヨ子との間に生れた唯一人の男子である雅之を失い甚大な精神的苦痛を蒙つたことを認めることができ、右事実と前記事実から認められる本件事故の態様、被告斎藤の過失の程度等諸般の事情を考慮すると同人の蒙つた右精神的苦痛を慰藉する金額としては金一〇〇万円が相当である。

(四)  雅之の失つた得べかりし利益

〔証拠略〕によると、雅之が昭和三九年一二月一九日出生の男児で、昭和四一年七月九日の本件事故により死亡した当時一年六ケ月であつたことを認めることができる。そして、昭和四〇年度統計年鑑によると昭和三九年度の雅之の居住する千葉県における勤労者の平均給与額が月間金三万三六〇〇円であり、雅之は本件事故に遭わなければ厚生省発表の第一〇回生命表による同年令の男子の平均余命六五・三七年と同じ程度生存することができ、少くとも二〇才から六〇才に達するまでの四〇年間は稼働し月間平均三万三六〇〇円の収入を得たであろうことが推認される。ところで右収入を得るための同人の平均的生活費は収入のほぼ半額であると見るのが相当であるから、これを前記収入額から控除すると雅之の一ケ月当りの純収益は金一万七〇〇〇円となり一年間の純収益は金二〇万四〇〇〇円となる。しかして、雅之の失つた得べかりし利益の合計額は右純利益の四〇年分の合計額と同程度と考えられるところ、ホフマン式複式計算法により年五分の割合による中間利息を年毎に控除して、雅之の死亡時における現価を求めると、その額は少くとも原告ら主張のように金二七六万二一二六円はある。

したがつて、雅之は本件事故により死亡のため原告ら主張のように金二七六万二一二六円の得べかりし利益を喪失したということができる。

(五)  原告らの相続及び保険金の受領と充当

〔証拠略〕によると、雅之には、父母である原告ら以外に相続人の存しないことを認めることができる。したがつて原告らは相続により前項の損害賠償請求権の二分の一にあたる金一三八万一〇六三円の賠償請求権を各自承継取得したといえる。

ところで、原告らは、自動車損害賠償責任保険により各自金七五万円を受領しこれを各自前記相続した賠償金に充当したことを自認するので原告らは被告らに対しこれを控除した残額金六三万一〇六三円の損害賠償請求権を有することとなる。

四  叙上の事実によると、被告ら各自に対し、原告ミヨ子は前項(二)の(イ)の金二万〇二五二円、(ロ)の金三一二〇円、(ハ)の金六〇万円、(ニ)の金一〇〇万円及び前項(五)の金六三万一〇六三円のうち同原告が本訴において支払を求める金一五万円の合計金一七七万三三七二円、原告隆は前項(三)の(イ)の金三二三九円、(ロ)の金二万四〇二六円、(ハ)の金一〇〇万円及び前項(五)の金六三万一〇六三円のうち同原告が本訴において支払を求める金一五万円の合計金一一七万七二六五円並びにこれらに対する本訴状送達後であること記録上明らかな昭和四一年一一月一二日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

よつて、本訴請求中、原告ミヨ子の請求は理由があるから全部認容することとし、原告隆の請求は右限度において理由があるから、右限度で認容してその余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 倉田卓次 山口和男 原田和徳)

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